schopenhauerのブログ

唯識とショーペンハウアーの研究

言葉の下と外で流れているもの

言葉が常に意識されるのは


それが人間にとって強烈なものだからだが


言葉の下には言葉にならない動物的な概念もあって


自分の意志と関係なく流れている。


それと一緒にあるのが、触覚の記憶と視覚の記憶、


聴覚の記憶と味覚、臭覚の記憶であり


概念と一緒に流れている。


これが意識の下層の精神である。


これらが言葉によって想起されるので詩が可能なのだ。


そしてその外には五識の世界である、自分の体も含めた直観の宇宙が流れている。