schopenhauerのブログ

唯識とショーペンハウアーの研究

schopenhauerのブログの新着ブログ記事

  • 今日も世界は平和で人々は幸福だった

    不慮の事故や病気、生き方の違いと対立や喧嘩、 生命はその原則からの不幸は免れられないだろうけど、 しかし大それた騙しや謀略を図る者などいないので、 今日も世界は程々に平和で人々は幸福だった。

  • 人間の不可解さ

    知性の発達は、人間のエゴ、欲望、恐怖、残酷さを拡大させ 、 それを隠すのもまた巧妙な知性の働きだ。 人類の今の文明と文化が必然という事はなく 違う形はいくらでもあるだろう。 またピープルやわたしの精神性が必然ということもない。 人間の不可解さはこれに尽きている。 常識が常識というのもたまたまそうな... 続きをみる

  • 存在と最重要な認識についての根本的な疑問と答え

    ◉存在についての根本的な疑問と答え 存在への根本的な問いはたった一つしかない。それは宇宙はなぜあるのかという事である。それはたった一つの質量や物質がなぜあるのかという事に他ならない。これが存在論である。その時個々の存在は問題とはならない。なぜならそれらは存在に見えるが認識だからである。厳密に言えば... 続きをみる

  • カントについて その2

    ◎雑なカント哲学の概略 ●アプリオリな直観とアプリオリな概念から確かな真、善、美の哲学ー当然形而上学ーを体系しようとしたのがカント哲学である。 ●独断でない形而上学はアプリオリな概念で構築されなければならないとすることがその基本構想としてある。 ●アプリオリな直観と概念は経験が混じってないのでそれ... 続きをみる

  • カントについて その1

    2024年はカント生誕300年の年でそれを考えるとかなり古い人のように思える。その頃はまだニュートンが生きていた。死んだのが1804年でそう聞くと220年前まで生きていたという事でさほど昔でもない気がする。明治元年が1868年である。 カントは自称で天界のコペルニクス転回を認識にさせたと言われ、そ... 続きをみる

  • 直観と精神からみたオルガムス

    ◉前提 宇宙もしくは自己が直観と精神から成っているという哲学がこのブログの前提である。この哲学というのは、真の哲学なのであるから何の恣意性もあってはならず※、ただ宇宙の真実の言葉による表記ー真理という意味でしかない。 ※言葉による表記に恣意性があるので、宇宙の真実に恣意性があるという事はない。哲学... 続きをみる

  • 池のほとりの百合

    百合が咲いていた 百合の花のような百合子は 異次元の妖美さで わたしのこころを悩ませる あの目と眉、鼻と耳 そして唇の動き その異次元の配置と言葉が わたしを虜にする 強い匂いの百合、この傍らには 小さな池があって お腹をすかせたかわうそが なまずを追いかけていた それを葉陰からたぬきが見ていて ... 続きをみる

  • 銀河系調査隊<改変版>

    初めて火を起こした原人は焼いた肉を食べてからじっと手を見た。それから首を上げて星を見つめた。 地球歴二十万二千二十三年、二百年振りに調査隊が結成された。前回は球状星団だったが今回は銀河系の中心の反対側辺境の調査である。球状星団は古い星が多く期待されたが古い地域では生物は死滅しており文明の痕跡も皆無... 続きをみる

  • 仏教又は禅から見た、人間の存在、或は人間の智慧の分析

    ◉タイトルについて 〇仏教と禅の同一性 知性による物質現象や社会現象そして精神現象の分析は、その命題に様々に類似と相違があり、仏教と禅も分析すれば様々に違いが出てくるのだが総合すれば全く同じである。 ※すべてがそうだが例えば男と女、仏教とキリスト教についてみると、総合において男と女は人であり、仏教... 続きをみる

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  • 嶽きみの世界

    嶽きみのいた夏 嶽きみがくれたもの 嶽きみがいれば また嶽きみに恋してる 嶽きみといつまでも 嶽きみに届け 嶽きみとぼく 嶽きみが好き 嶽きみのとなりで 嶽きみがいるだけで 嶽きみの恋人になったら 空と嶽きみのあいだに 栄冠は嶽きみに輝く 恋を知らない嶽きみへ 嶽きみが好きだと叫びたい 花束を嶽き... 続きをみる

  • 小さい秋

    誰かさんが誰かさんが誰かさんがだーれてる 小さい秋小さい秋小さい秋見つからない 扇風機の風もシャワーの水も一月前より生ぬるいだろう 開いた窓から虫の声 虫の音も虫の音も虫の音も蒸ーしてる

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  • ブッダの行方 番外編 最初の公案 その主観と客観

    ◎これを書く意図は、禅について、西洋的な主観と客観からどのように理解できるか或いはできないかと言う事と、このブログの基本であるショーペンハウアーの主観と客観の理論的洞察が、勿論二つには何の繋がりもないのだが、禅の実践に応用されているかのようだという常々感じる驚きにある。つまりはこれは理論の証明とい... 続きをみる

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  • 新暦の七夕

    今頃の季節はまだ梅雨で晴れて空が暗くなると南の空にはさそり座が光っている。 星の集まりの天の川はまだ東から登りつつありその中でこと座と白鳥座とわし座の一等星で作る三角形がよく目立つ。 その三つの一等星の中のベガが織女でアルタイルが牽牛である。 今日は八月の七夕のように暑い。二人は当然のようにエアコ... 続きをみる

  • 総合的人間の宗教と芸術と学問

    総合的な人間というのは、一人の人間が生まれてから死ぬまでの現在の事であるが、 その時に宇宙全体が現在なのだから、 宗教と芸術と学問は、その宇宙の三類となるだろう。 なので宗教とは、宇宙そのものの活動であり、 芸術とは、宇宙の感性であり、 学問とは、宇宙の学問となるだろう。 ここで自分としての総合的... 続きをみる

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  • 芸術と宗教と学問という分類について

    ※分類は最高の類から分類されていくから分類と言われるのだが、 類の上位は族といい下位は種であるー族⊃類⊃種。生物の分類を見よ。 実際に存在するものの集合が、概念で分類されたときにー族概念⊃類概念⊃種概念となるのだろう。 ◎芸術と宗教と学問 芸術と宗教と学問の三つが最上位概念ならば、この三つには何の... 続きをみる

  • ブッダの行方 番外編 黙照禅と公案禅

    黙照禅と公案禅を比べると、黙照禅は仏教としてオーソドックな坐禅の形と言えると思う。 と言うのは、釈尊の坐禅も、或は初期、部派、上座、大乗、瑜伽仏教も恐らくはそっちの系統なのだろうと思う。たぶん。 黙照禅は日本禅においては曹洞禅なのだが、曹洞禅と公案禅は明確な区別があると同時に影響されあっている面も... 続きをみる

  • ブッダの行方 番外編 接心会

    新型コロナウイルスも普通のコロナウイルスに変異した。そして未来永劫変異して行くことだろう。 コロナ騒動が終わったので接心会に参加してきた。今回はいつもの所ではなく地元から離れた初めての場所だった。 今回気づいたのは、坐禅の時に目を半眼にしようとしては駄目ということだった。あくまで自然に一メートル先... 続きをみる

  • 心の中にだけ秘めて口にできなかった言葉

    ㋩いつまでやってんだよ ㊁誰もそんなものしねーよ ㋭ぜんぶ嘘なんだよ ㋬おめーが阿保なんだよ ㋣利口だと思ってるから馬鹿なんだよ ㋑きちがいは自覚できねーんだよ ㋺まじめにうんこ嗅いでんじゃねーよ

  • ブッダの行方 番外編 坐禅について

    坐禅によって、心が落ち着いたり、さっき起きてしまった不快な事が、すぐ忘れられるようになるだけなら、それは心の変化であり、何の不思議もない。 不思議なのは、坐禅の継続によって、世界のその物質現象が、変化してしまうということである。 これは世界、その実在が、物質現象ではなく、観念的なものである事を、証... 続きをみる

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  • とかくこの世は生きにくい

    朝と昼の寒暖差が激しい。 窓を開けたら蚊に食われたので蚊取り線香をつけた。 暑くなったので扇風機を出した。 とかくこの世は生きにくい。 そんなもんだと諦めたとき差別が平等になるかもね。 午後は寝転んで夏目漱石の膝枕を読んだ。

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  • ブッダの行方 番外編 禅の教授法について

    全部分かるまで待っていると死んでしまうので、わかる範囲で書きこ。 禅を学ぶ時もやはり人から教えてもらうというのと自分で勉強するというのがあるだろう。 学ぶというのは、⑴知識を学ぶ、というのと、⑵手職や技能や行為を学ぶ、というのとがあると思うが、禅は⑶智慧を学ぶ、と言えると思う。⑶は⑴や⑵で現れる。... 続きをみる

  • ブッダの行方 番外編 ブッダの体について

    ◉前提 この記事は学問的な事として書かれていますので、宗教や人生論等として読むと勘違いしてしまう事があり得ます。どの様に生きるかではなく、何が正しいかが問題となっているからです。人生論なら、人間の目は内を見るようにはできておらず、内には空虚しかなく、空虚の果てには発狂という事さえあり得ると言われて... 続きをみる

  • ブッダの行方 4 精神の因果について ⑴

    ◉精神の因果についての考え方 自然科学が生命の体を含めて物質や質量の科学であるのに比して、人文科学というのは心や精神の科学である。これらが分けられているのは、互いに原因→結果の脈絡がつかないからでもあろう。これの一番近しいのが、医学と精神医学や心理学の脳と心の関係であるが、脳と心に因果関係はつかな... 続きをみる

  • 趣味と実益を兼ねて

    善良というのは悪魔にとっては精神病なので 善人には悪魔の顔が天使のように見えている どんな治療法かは分かってないが魔改造の初期といわれている 神が死んで余裕ができた悪魔は暇を持て余していたが 小便をしているときに面白い事を考えた 「人間にRNAワクチンを使いたい」 「人間にDNA昆虫を食べさせたい... 続きをみる

  • ブッダの行方3悟った後の感性及び諸精神能力の変化について

    前書ー悟りの変化についてー 悟りには悟りの初歩ー智慧が認識ーから完全な悟りー涅槃ーまである。釈尊が提示したのは完全な悟りー涅槃ーだがこれが仏教の特色としてある。 この涅槃を除けば、人類のあらゆる良き智慧は、この智慧の初歩から涅槃以前の間にあると言えるだろう。 仏教が人類において良き宗教だったことは... 続きをみる

  • 臨済禅と曹洞禅について

    ー前書ー 自然科学や社会科学はともかく、人文科学を客観的に捉えるというのはかなり見解が偏ってしまうと思う。これは医療から主観が排除されてしまうのと似ている。 わたしは専門家ではないので、客観的公平に偏らず主観的に臨済禅と曹洞禅ついて日頃思っていることを書いてみたい。 臨済禅は看話禅、曹洞禅は黙照禅... 続きをみる

  • 暗殺について

    ①暗殺なんだから単純な事ではないだろう ー裏の裏くらいまでは普通にあるはずー ②暗殺の真相究明をさせない力が働いているのは明らかである ③②の力がある者が暗殺者の素性を簡単に明かすとは考えられない ーガセとかグルとかーA→CA&C

  • 悟った後で

    悟りというのは般若と同じで広い意味を持つ。 分かったというか気づいただけで悟ったともいうし、それだけで般若の智慧ともいう。 しかし究極の意味は完全に悟った事、完全に悟った事の智慧を般若の智慧と言うのだろう。 大智度論などには、般若の智慧には、その無分別智に加えて悟った人の分別智も含まれると書いてあ... 続きをみる

  • ブロックニツイテ

        →キラワレタ→アキラメルシカナイ ブロック                →ハッキリシナイ↕ムゲンループ     →コウギイシ→アキラメルコトナイ

  • ブッダの行方ークリスマスにブッダを想う2ー

    間が伸びたので、これは「クリスマスにブッダを想う」のつづきである。 前書 人類はそれぞれの民族の文化に違いはあっても、常識的に実在論の世界に生きてきた。これは一つの宇宙や世界を、主観が客観を見てるので、自と他が対立してるとして二元論で生きてきたのであった。 その真っ当な世界観は人類の常識であり洗脳... 続きをみる

  • 鶏肉

    正月の朝は簡単にお雑煮を作る。私の地方は鶏肉に大根と人参のひき菜で醤油である。 昨日で鶏肉以外は揃ったので今日鶏肉を買ってくれば良い。 その時点で歌がでてしまったのは放し飼いのにわとりのように自然だった。 トリニクニクニク粗末な服で町から町へ、どこへ行っても語るのただ神の言葉よ。 ネットで調べたら... 続きをみる

  • 知性とその創造性について

    ㋑ヒトの特徴である知性が帰納の下位に論理-演繹があり、哲学の第一の命題を「宇宙は自己である」という事にして、その下位に観念論哲学体系ー例として私のtwitterーがその下位に「現在の学問と科学」があるとする。 ㋺知的創造性は、学んだ事から学んではいない考えが浮かぶ事で、㋑を学ぶ時にもこの創造性(見... 続きをみる

  • アナログとデジタルから見た世界

    宇宙はアナログかデジタルかと考えるとよく分からなくなってしまう。 物質が原子からできていて、質量が量子からできているなら宇宙はデジタルという事になろう。 ただこれらに時空の働きを含めたものが宇宙なら必ずしもデジタルではないだろう。 時間はデジタルっぽく空間はアナログっぽいのような気もする。 一方人... 続きをみる

  • クリスマスにブッタを想う

    女と男の類似と、相違=差異から、それぞれの本質や真実を見つけることができるかもしれないー私は女がわからないー そのようにキリストと仏陀、キリスト教と仏教のその類似と相違からそれぞれの本質や真実を見つける事ができるかもしれないが、これは今回ではない。 宗教がイコール涅槃でないなら仏教は宗教ではないし... 続きをみる

  • 魔法瓶について

    魔法瓶には 恋した時の愛が入っていて 冷めないようにしてくれているが なぜ冷めないのかは 魔法なので分からない

  • 高等な宇宙人の論理と意志について

    これは高度な宇宙人ならばどんな正しい事を考えるようになり、そしてどの ような立派な事をするようになるか?という話ではなくて、その宇宙人がな んでそんな事までしてしまうのか?という話である。 そこには真なる哲学はともかく、真だろう実践哲学があることはある。地球人 と比較すれば知能指数が250位にもな... 続きをみる

  • 「根拠律の四つの根について」が生まれるまで

    世界が主観によって規定されていると考えたときに、人間の何故?という疑問 の根拠律によって宇宙の謎が出現する。 それが以下の物質の謎、思考の謎、時空の謎、意志の謎である。 これ以前は、物質の原因と思考の根拠の、その充足根拠律として、明確な 区別がつかずにあやふやに混濁しているのが人類だった。 物質の... 続きをみる

  • LOVEについて

    最近手に入れたLOVEは今までとちょっと違っていて I love youの心がブルーに染まってもYURERUのはキミとラブラドールがSimple Natureにいたからのようで どんなLOVEだったのだろう

  • 日本を戦争のできる国にしよう

    日本を戦争のできる国にしよう!! 戦争ができない国だから人間も教育も制度も全部嘘だらけ 国家主権と戦争ができる国というのは同じことでこれが普通の国 戦争ができるが戦争はしないというのが大事なのだ さあ日本を戦争のできる国にしよう!! 日本の軍備を増強しよう!! 日本が軍備を増強できなかったのはアメ... 続きをみる

  • 分類の直観と概念について

    分類は知性において本質的なことなのではないかと思う。 分類というのは違うか同じかの判断である。 何についての違うか同じかの判断かと言えば、 実在するもの(実物、直観)と概念の二種類である。 生物や物質の分類や概念そのものとである。 生物や物質であっても概念がそれをするのであることは明らかで、 その... 続きをみる

  • 武漢近平ウイルス(後で削除)

    風邪をひいて治らない。普通と違うのでひょっとしたら ♡武漢近平ウイルス♡ 武漢近平ウイルスは生物兵器として、コロナウイルスのRNA遺伝子を人工的に組み変えて変異させやすくしたのものが、誤って漏れてしまったものであることがほぼ確かである。 最初は間違いであったのだが、近平は全てを把握しつつ初期から隠... 続きをみる

  • かぐやひめ

    かぐやひめは自分が誰かすっかり忘れていた だから自分が竹から生まれたことも知らなかった 普通の子供と同じように暮らしてきたと思っている ただなぜともなく自分の存在について疑問を感じることがあった かぐやひめはシンガーソングライターでかわいい声をしている その歌は何かしら幻想的なものが多くよく月やう... 続きをみる

  • 想像力と創造力について

    想像力は誰でも持っていて誰でも使っているが、創造力は誰でも持っているが誰でも使っているとは言えない。 <想像とは何か> 想像とは五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、臭覚)の記憶のことである。想像力とはそれらを思い浮かべることである。(例外的に自分が体験したことがない想像もあるだろう) ♡言葉は人間の文化... 続きをみる

  • お彼岸

    十九日から秋の彼岸で、田舎では仏壇があれば必ず坊さんがやってくる。 なので必ず部屋の掃除をしなければならない。 わたしは独り暮らしで部屋を汚くしてるのでこれが此岸で、 彼岸というのは掃除をした後の部屋のことである。 そして彼岸が過ぎればいつのまにか此岸になっている。 ただ此岸にいれば彼岸は常に彼岸... 続きをみる

  • ㊄主体と客体、主観と客観、主観的と客観的など

    この㊀~㊅観念論シリーズは、一元的な世界観について雑ではあろうが、男と女についてのセックスのように核心に迫ろうとしたものである。雑なほうが実際として気持ち良いということもあるだろう。 このブログは「唯識とショーペンハウアーから」であり、ショーペンハウアーの主観についての定義から始まっている。定義さ... 続きをみる

  • 星は美しい

    男と女は星を眺めていた 手と手は愛撫を続けていた 男は「星は女より美しい」と思った 続けて「星と女の美しさはその性質が違うのだから比べることはできない」と思った 思い直して「彼女は女の中で一番美しいのではないか」という訳でもないと思った 続いて「女の中で一番美しいということなどあり得ない」のだから... 続きをみる

  • ㊃実在は一元なのら

    誰れれも経験れきる主観と客観の一致なのら この方がむしろ普通の世界なのら 元々主観と客観は同じなのら 主観というのは認識する当体れ 認識できないのらという真実を理解できればなのら 自分の体もこころも認識できるのらから客観なのら もちろん外界は客観れ ここに自分が生まれた謎の解決があるのら 観念論は... 続きをみる

  • ㊂㊁文化において実在論的と観念論的は混じっている

    ㊂㊀で、ここでは、実在論と観念論という哲学についてでなく、個の人間、及びその集まりである社会の文化について、実在論的なもの、観念論的なものを、考察するということを述べた。 簡単にするため、方法として十分ではないだろうが、一つの本質的だと思われる仮定に沿うことも述べた。それは 世界の成り立ちが、実在... 続きをみる

  • ㊂㊀文化において実在論的と観念論的は混じっている

    実在論は世界という客観の中に自分がいるという実在感とその思想であり、観念論は客観的な世界はすべて主観が反映しているというちょっと常識から離れているような実在感とその思想である。 ただ人間が素朴実在論の世界にいると思っているというのと、素朴実在論がおかしいというのもこれは常識である。例えば視覚の対象... 続きをみる

  • 永遠の愛

    愛は永遠なのだから、叶わぬ愛は きっと夜空の星になるのだろう でも星の命は最大百億年なので 白色矮星や中性子星やブラックホールになるのだろう でも宇宙の命は数百億年と言われているので 永遠の愛はわたしの中にしかないのかもしれない

  • 太郎と花子の会話

    太郎は花子に、「女は男より長生きなんだからあと六年考える時間があるんだよね」と言いました。 その前に花子は、「やっぱり止めることにするわ」と言いました。 その前に太郎は、「人生は短いんだから悩んでいる暇はないよ」と言いました。 太郎は花子にプロポーズしていたのです。

  • 気の小さいおりひめとひこぼし

    おりひめとひこぼしは三つの密のため今年は会えなかった ひこぼしはふれあいの三つの蜜だったらいいのにと思った <頭の片隅にはふれるの他にふれられるがあった。ふられるもあったが> いろいろあって会えないのは今年ばかりではなかった おりひめの悲しみの涙が今年も星のしずくになって天の川に消えていった ひこ... 続きをみる

  • ㊁観念論哲学体系について

    このブログはわたしの考える哲学体系というものの単なる構想に基づいて書かれている。 哲学体系は、認識論、存在論、それに基づく様々な評論からなるが、評論は任意で良い。 哲学であるから、どうしても形而上学的な命題から導かれる命題がでてくるが、科学的を目指すのだから、その命題は既存の科学によって説明される... 続きをみる

  • ㊀このブログはなんなのか?

    わたしのブログの少ない読者でよくわからないのだがという人のために、ここでは何が問題となり前提となっているかを説明してみよう。 このブログは一つの試みとして観念論の立場からの世界観を提示しているものである。 観念論の反対が実在論だがこれのほうが常識である。 この二つは論で終わらなければ実在が観念論的... 続きをみる

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  • 文化の起源のようなもの

    ホモ・サピエンスは突然生まれ出てきて増殖したのだろうが、それまでの人類の精神的な遺産は受け継いでいることだろう。 そしてそれまでの人類よりも知性において優れていた。感性においては同じだったように思える。<高等動物は固有名詞を理解できる。それまでの人類には犬などの普遍名詞や単純な抽象概念があった。新... 続きをみる

  • 疑問について

    宇宙とはなんなのかという疑問は 物質とはなんなのかという疑問と同じだろうが これはあまり重要ではないのでパスして 自分はどんな人間なのかという疑問の前提には 人間とはなんなのかというのがあるし その前提には生命とはなんなのかというのがあることだろう すなわち自分の個性の前に 人間というのがどのよう... 続きをみる

  • 存在しているもの

    存在しているものが、 1)物質、生物、肉体、主体、客体、自分、他者、各名詞、各固有名詞 などという言葉の、対象である物質的なものであるとしようが、 2)五識(感覚による対象)、感情、概念 などの観念的なものであると言おうが、 どちらにも必然性はなく、一旦は単なる思い込みと考えるべきであろう。 常識... 続きをみる

  • 内緒とかすかな兆し

    内緒にされていることが かすかな兆しから 露わにされることがある 露わになっていることが 内緒にされているように かすかな兆しだけが 見えていることもある

  • 数学と言葉

    宇宙を数学で、人間を言葉で、 捉えるのは可能だが、 数学から宇宙を、言葉から人間を、 捉えるのは不可能に近いだろう。 なぜなら、 宇宙や人間は実在する十全な外的直観で、 数学や言葉は概念や論理や内的直観形式なのだから。

  • 日本国玉無し憲法記念日

    今日は日本国玉無し憲法記念日だ 女性は理解の知恵や、自然で一般的な意志の働きを多く持ち 男性は探求の知恵や、特定される特殊な意志の働きを多く持つ 何もしなければ悪いこともしないという思想が 日本国玉無し憲法にはある 金玉は男性的意志であろう 良いことも悪いことも意志によってなされるが 何もしないと... 続きをみる

  • 知性については

    知性についてはこんな考えができるだろう 1)知性というのは欲望を叶える最短のための道具である 2)知性というのは自分や宇宙の存在を意識するためのものである これはそれぞれ 1´)生命は偶然に生まれている 2´)生命は目的があって生まれている に対応している これがどちらであるかはやる気があれば証明... 続きをみる

  • 花の香りの彩りは

    今年の桜はひっそりと咲いていたのだろう。 雨が降って八割ほど散った大きな木の下で、 桜の香りが匂ってきた。 これから花の季節が始まる。 花の香りの彩りの淡香は、 匂ってきたなと思って捕えようとすると逃げてしまう。 花の香りは実体としてその花が分泌する気体と、 臭覚との合体した鼻識で、 人間の感覚の... 続きをみる

  • 日本国憲法の三つのわからん

    日本国憲法の、平和主義、国民主権、基本的人権について 1)日本国憲法がなぜ平和憲法なのかわからん。科学として見ても無抵抗を宣言したら侵略されやすくなるのだから、戦争誘発憲法というべきだろう。 2)国民主権というのは実質的に何なのかわからん。国民に選挙権があるという意味しかないだろう。 3)基本的人... 続きをみる

  • かあちゃんのうだ(ほんやぐ)

    かあちゃんがよなべをすて てぶぐろあんでくれだ こがらすふいじゃつめだがろうで せっせどあんだだよ ふるさどのたよりがとどぐ いろりのぬおいがすた かあちゃんがあさいどつむぐ いづぬづつぐむ おどうはどまでわらうづすごど おまえもがんばれや ふるさどのふゆはさみすい せめでラズオきがせだい かあち... 続きをみる

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  • あいうえおなにい

    さみしさなぐむあいうえお ますますつのりかきくけこ あたまのなかでさしすせそ またやあそこのたちつてと かたくなるのはなにぬねの あえぎのこえやはひふへほ まがこいしいなまみむめも やはりやりたいやいゆえよ らりってしまいらりるれろ おもうはいつもわいうえを        ん

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  • 精神の因果について

    科学の研究の方法には原因論的と形態論的がある。 自然科学の原因論的は物質現象の原因の探求である。形態的は生物、物質の分類、帰納的分析などである。 社会科学にもこの原因的と形態的があり社会現象の形態とその原因の探求とである。 人文科学についてもこれがあるはずだが形態論がほとんどであって原因の探求は少... 続きをみる

  • 時間と空間が実在していると言うとき 2

    時間と空間が実在しているというとき何が実在しているのか と哲学者がつぶやいた 宇宙が光となって 相対速度による質量の変化と哲学者の幻覚と妄想が存在している と答えた

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  • 時間と空間が実在していると言うとき

    時間と空間が実在していると言うとき何が実在しているのか とつぶやいた哲学に 変化する物質があると自然科学が言うと 社会科学が変化する社会があると言って 人文科学は変化する心があると言った レリジョンは神が宗教は無があると言って 芸術は美が女は愛があると言ったが すべては言葉であった 言葉には対象が... 続きをみる

  • 芸術の概念

    わたしは芸術の概念を「人間の作品」とすることに 非常に違和感がある 西洋でも芸術は「自然の模倣」である という考えがあるし わたしの芸術の定義はこうである 「人間を自然の作品としてあらゆる自然の作品」

  • 西洋哲学の現実について

    真理は一つを目指すが 科学と違って哲学は総合的なのだから 西洋哲学の殆どは嘘であるが 古典となり得てない 現代哲学はどこが嘘なのか分かりにくい しかし歴史を考えれば体系自体が 嘘の可能性が高いのは間違いない ただ各哲学は一部の真理を含んでいるし 各体系を批判するためには 一人が一生をかけても足りな... 続きをみる

  • 食欲の飢えと性欲の飢え

    これは主観的真理なのだが 名誉欲と所有欲は主に精神的な欲望であって 性欲と食欲は共に主に肉体の欲望であるが 性欲と食欲が似ているのはこのためである 性欲の飢えと食欲の飢えは似ており それを満たすのが快楽である 快楽ばかり見るので分からないが 飢えは苦しみである 動物においては 食欲の飢えと性欲の飢... 続きをみる

  • 今年のプレゼントは来年のプレゼント

    わたしと彩夏の愛は長く続いていた もう数年付き合っていて互いに結婚を躊躇していた そこにはさまざまな理由があった わたしは色々考えたすえ結婚を申し込んでいた 今年もクリスマスの時期がやってきて彩夏のプレゼントを楽しみにしていた 今年のプレゼントは一枚の紙きれにこう書かれていた 「来年のクリスマスプ... 続きをみる

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  • 神様からのクリスマスプレゼント

    今年の神様からのクリスマスプレゼントも 去年と同じで私自身を含めた全宇宙だった あんなに要らないと言っておいたのだが 融通の利かない奴だ 自分の嫌がることは他人にするな と言っているのだが 阿保なのでそこが理解できず 自分の欲することを他人にしなければならない と思っているのだろう

  • クリスマスプレゼント

    1)メンタル断捨離サンタクロース 物が有り過ぎてもう何もいらないという人が増えました サンタクロース協会は断捨離サンタクロースを作ろうと思いました サンタクロースやとなかいの仕事の励みにはプレゼントが減っていくことがありました 運ぶ物が増えていくことの苦しみを考慮し人道的、動物愛護的にそれは断念し... 続きをみる

  • 神を見ました

    それは言葉で表現できますが概念でないので 言葉で表現されたものではありません それは映像や音で表現できますが感性的なものでないので 映像や音ではありません しいて申せばそれは自我や感情を概念とし 世界を感性な現象としたときに それらを同時に映している鏡の方です

  • 女性のヘアヌードから同性愛まで

    女性のヘアヌードが解禁されてからしばらくすると、 それは性欲よりもむしろ美の範疇になって、 下着で隠してもらう方が良くなりました。 女性の性器は隠れておりそれは、 毛髪と大した違いはなかったのです。 それに比べて男性器はもろに露出しており、 こっちの方がよっぽど興奮します。 オナニーしない人はあま... 続きをみる

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  • 青森りんごの彩香

    果皮の色はあでやかな紅 あかねと王林が交配 早生で中型 酸味強めの甘さは蜜を含み 甘酸っぱい食味は果汁が豊富 歯触りが良く生はもちろん料理にもむき 希少な品種で隠れた名品と言われている

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  • 紅葉の色

    赤と茶色と黄色のあいだ 紅葉の色は色々 りんごも柿も紅葉して りんごは赤で柿は黄色 りんごの赤はりんご色 柿の黄色は柿色 紅葉の色も紅葉色

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  • ただのばか

    日本人は政治的にはただのばか 政治家の大半はだだのばか 官僚の大半もだだのばか マスコミもただのばか 経済界もただのばか 教育界もただのばか 本来の意味のデュープス 説得力あるわ これが科学的に一番正しいと思うわ

  • 神の存在証明について

    神の存在証明が論理的というか精神的にはできないことはほぼ確かである。 ということは神の存在証明は科学的にされなければならないということである。 ところで神の存在はここ三千年間くらいで特に技術が高度に発達してからも経験的に証明されてないのだから、 科学の帰納法では存在しないことが証明されているとわた... 続きをみる

  • 数学原因

    これはカント、明確にはショーペンハウアーが考えたことなのだが、数学には独自の原因があるのではないかということがある。 数学は膨大な論理形式と分類形式の応用の体系であるがということは言葉で記述できるということであるが長ったらしくなるので数式を使うのであると思う。 この論理体系の基礎に内的直感があって... 続きをみる

  • 最短しぐさ

    合理的というのは理屈に合うというだけの意味しか持たないが不合理が排除されるので合理的なしぐさ(行為)が最短に見える。 ただ最短のしぐさと合理的とは何の関係もない。 最短しぐさは人間より動物のほうがはるかに優れていて人間は無駄が多い。これは人間に知性があるからである。 ただ知性があることによってそれ... 続きをみる

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  • 家畜について

    食べ物があって のんびり生きられるので 平和が最高だと思う家畜も 自分にまったく自由がなく いつか他の力によって殺されことを うすうすとは気づいている

  • 不完全さ

    不完全な動物というのは奇妙だが 不完全な人間というのは奇妙ではなく当たり前で むしろ完全な人間がいたら奇妙である 動物は完全であって正常だが 人間は不完全なのが正常であって 完全な人間というのが異常なのだろう <これは人間の精神が複雑すぎて間違いばかりしているからだろう>

  • 宇宙の法則

    宇宙は一つの質量であった だから宇宙が法則で出来たのではなく 宇宙がまず何かしらの法則を作り出してから しばらくそれで行こうと決めたのであった 人間がこれをどう捉えるかというのは また別の問題である

  • 楕円軌道

    もう思い出せないほどの過去に ふらふらさまよっていた男は 女に吸い寄せられて 楕円軌道で公転させられるようになってしまった この楕円軌道は長径が長いので 遠女点が近女点の十倍位ある かなり離れてしまうと男は女を忘れ さも昔から平和だったような幸福を味わうが 突然思いがけなく女に吸い寄せられ どんど... 続きをみる

  • 宇宙調査隊

    初めて自分で火を起こした原人は  焼いた肉を食べてから  じっと手を見た  そのあと首をあげて星を見つめた。 地球歴201900年、200年ぶりに宇宙調査隊が結成された。今回は銀河系の中心の反対側辺境の調査である。 前回までは球状星団の調査だったが球状星団は古い星が多く期待されたが古い地域では生物... 続きをみる

  • 輪廻と転生と業について

    輪廻は  生物においての  因果のその奥の  不気味さを表現したもののように感じ  転生は  発がん物質を取らないようにする(意思)と  がんにかかりにくくなる(肉体=物質)というようなもので  業というのは  輪廻の業(物質)と転生の業(意思)の  二種類あるのではないかと思う 輪廻転生について... 続きをみる

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  • 変わらないもの

    「弘前は小さい秋が大きくなってますね」 「昼は気持ち良い風が夜は冷たいです」 「季節は変わっていきますよ」 「季節が変わるので私たちは何の変化もないですね」

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  • 宗教について

    宗教の定義は「自分の精神を改善すること」である <芸術とは表象の鑑賞と表現であり、学問は真理の探究である> <人間の文化が宗教と芸術と学問に分けられるということはまだ熟慮の余地があるとしても単なる思い付きではなく分類における判断からくるのであり現在の文化の分類はこの三つの概念の下位概念ではないかと... 続きをみる

  • 生命について

    自分の認識能力をすべて否定してみよう と言ってもあくまでも想像だろうが 自分の認識能力というのは五感、時間と空間、因果律、言葉、かたち、数量などだ 人間の認識能力がなければ宇宙には 時間も空間も因果も数量もなくただ一つの質量や物質のようなものがあるだけだろう これにとっては時間も空間も何の意味も持... 続きをみる

  • 科学につひて

    科学というはつらつら思わば学問の真なる命題その真の根拠が直観(五感)ということなり。実験、観察というはその直観を観察すと言えり。そこから推論構築せらるる命題からたてられし仮説は必ず観察により確かめらるべきなり。直観の根拠なき理念、信念、言明、命題は真理とは言わざるべし。 科学には自然科学、人文科学... 続きをみる

  • 主観と精神と直観の本質

    ある観念論哲学ではこの世界は三つの【存在するもの、存在者】でできている それは主観、精神、直観でありこれはどうしても分けざるを得ないものであるが というのはこの三つは互いに種と類の関係にはできないのである 以下はこの三つの本質であり、本質とは人間(自分)にとっての主たる性質とか価値とか意味のことで... 続きをみる

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  • 宗教と芸術と学問の定義

    わたしの考え(観念論的?)では人間の文化のすべては、宗教と芸術と学問に分類できるがその定義は <宗教の定義> 〇自分の精神を改善すること    (その他はもともと完全) <芸術の定義> 〇表象の鑑賞とあらゆる表象による表現    (基本となる表象は自分の体) <学問の定義> 〇真なる命題の繋がりの... 続きをみる

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  • 古代アーリア人

    学問というのは真なる命題(真理)のつながりの探究であり そのとき真なる命題が次なる真なる命題の根拠となってさらにつながり集まっていくことだが 偽なる命題が真となっていたらそれは学問ではない 人類の学問の起源はギリシャとインドにしかないだろうが この二つの民族に古代アーリア人が深く関わっていることを... 続きをみる

  • 愛の表面と内面

    からだが触覚ならば 触覚が実在ですから 愛に表面も内面も無いわけで 表面というのは皮膚で 内面というのは心ですが さまざまな体の部分 その皮膚と皮膚の接触が そのままこころの内面と なるのでしょう

  • セックス肌と肌の触れ合い

    一体に なってしまえば 何もない 無と永遠は 同じなんだよ <哲学的解釈> セックスのときに何もなくなるというのは体は有であるが精神が無ということで 体というのは触覚なのだから触覚のみになってしまい精神が無くなってしまった時の五感は永遠なのだから オルガスムが快感であったとしても終わるということは... 続きをみる

  • 二種類の因果について

    ショーペンハウアーは因果に二種類あることを明確に区別したし 唯識でもこの二つを区別して論じている ショーペンハウアーの二種の因果は物質現象の因果と動物や人間の動因つまり意志の因果(すなわち精神現象)であり 唯識においては遍計所執性といわれる分別意識や自我(すなわち精神)が依他起性(すなわち因果)と... 続きをみる

  • 自然宗教について

    人類の意識が人類となったとき 人類は世界やおのれを芸術としてみて驚いた 芸術だからそこには 雄大なもの、崇高なもの、美しいもの、喜び、楽しみ 醜いもの、耐え難いもの、恐れ、苦しいものなどの 感性的なものがあってそれを信仰で表現したのであった だから自然宗教とは現代の宗教学で理解されているようなもの... 続きをみる

  • 芸術における実在論と観念論

    芸術によって自己が慰められたり安らかになったり高められたりしたとしよう このときその力が芸術にあるとするならばそれは実在論と言えよう これに対して自己を救い高めたのは自己自身であるが芸術がそのきっかけであったとするならばこれは観念論であろう 芸術は宇宙の真相を表すものであるが人間の意志においても宗... 続きをみる