schopenhauerのブログの新着ブログ記事
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秋が来た 秋が来た どこに来た 山に来た 里に来た 野にも来た 虫が鳴く 虫が鳴く どこで鳴く 山で鳴く 里で鳴く 野でも鳴く 月が出る 月が出る どこに出る 山に出る 里に出る 野にも出る 腹が減る 腹が減る どこで減る 山で減る 里で減る 野でも減る
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この世は存在せず酒も女も自分もないが あえて世間の常識に従って生きる 働いたあとの酒はおいしいらしいが 無職なのであえておいしいことにして飲む 酒は嫌いだが好きなことにして酔っぱらう 酔っぱらった 酒を飲むならウイスキーに限る 氷を入れるとまずいのでストレートでしか飲まない
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禅は千四百数十年前に中国大陸のある地域で始まった一つの仏教運動である。 仏教というのは釈尊のころから個人の涅槃の体得だけを問題にしてきたがそれがその 地域の人々の文化に適応されたものだ。 禅には看話禅と黙照禅の二種があり臨済宗は前者、曹洞宗は後者の流れである。 看話禅は良く問答をし黙照禅は坐禅が主... 続きをみる
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素人の気まぐれな分析だが 歌にはある種普遍的な美のテーマがあると思うが ポピュラーミュージックは 個人的な経験が人気を得それは人々の興味をそそるからだが その形式としては 様式的な美や感情、ある種理想や希望を歌う、個人の正直な体験を歌うが もっとも音の多様でどんなことも可なのだろうが、あると思う。... 続きをみる
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温泉たまごは簡単にできる。 鍋で卵が隠れるくらいのお湯を沸騰させたら それに卵を入れてふたをして12~3分。
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夏が終わって残ったインスタントの冷やし中華が安く売られるようになる。 インスタントの冷やし中華は生麺なので買っておくと便利だ。 手軽に醤油ラーメンや味噌ラーメンが作れる。 例えば味噌ラーメンは普通の味噌で作れば味噌汁と同じで全部飲める。 豚肉の細切れを数切れを入れるとだしがとれ油も入り何か野菜を入... 続きをみる
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別に高くても構いませんが 安酒を一合電子レンジで熱めに温めます。 卵一個をよくかき混ぜておきます。 かき混ぜていた卵を酒に入れて一分位よくかき混ぜます。 好みに応じて砂糖を入れます。 卵が固まってしまったら失敗です。
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秋がきた。水は地上を這いまわり 高いところから低いところへ流れ音楽を奏でる。 風はきままに吹きまわり 雲が流れて花や草や葉っぱをゆらし波がよせてはかえしている。 人間や動物はわけもなく動き回りおしゃべりして腹を空かす。
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さあリベラルの立て直しはその質の悪さの改善からだ。 外国や他人のまねではなく自分の頭で世界をよく見て考えるのだ。 日本のリベラルの質の悪さは自民党にも顕著であって それは人権とも呼ばれる自己保身の第一からくるのだが、 阿部さんのような有能な政治家はつまらないことで苦労している。 日本人を騙す幼稚な... 続きをみる
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平和憲法でこそ平和的に北朝鮮のミサイル攻撃を止めさせることができると思う。 これ以外では平和的解決はできず他の方法では対立しか生まないだろう。 それは北朝鮮の憲法を平和憲法にしてもらうということだ。 日朝友好議員連盟の護憲派の方々にぜひ日本の平和憲法の素晴らしさを宣伝していただき 平和的な解決の努... 続きをみる
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あの人はなぜあんなに自分のふるさとを歌うのだろう 大人になってしまって生活を続けているのなら もうふるさとはただ懐かしいだけだろうに 過去にとっても辛いことがあったのかそれとも <その一> 過去に楽しいことが多くて今が辛いのどちらかだろうか <その二> その一は、気の遠くなるような思い出の恋愛をし... 続きをみる
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エゴの自由、エゴの人権、エゴの平和などはリベラル思想の特徴なのだが、 これを追求してきた結果が現代なのであり、 エゴは対立するものなのだからよほどひどい場合を別にして、 こんなもので人間を救うことはできないのであるが、 つまりリベラル感性で日本の欠点とか言われる現代の悲劇は、 実は多くが性の解放な... 続きをみる
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もし人間の命が大切なものならば なぜみんな必ず死んでしまうのだ。 人間が必ず死んでしまうのは 人間の命なんてどうでもいいからなのだ。 現代文明のそれは大衆社会のだが そのエゴの命への執着は狂気に近く それがますます死への恐怖を増大していく。
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今日は日本国の存亡をかけた戦いが、西欧列強の極めて非人道的なアジア諸国の植民地支配を終わらせることになった偉大な敗戦の日だ。 わたしはアメリカが焚書した日本の戦前の書物を読んでみたが、西欧列強の植民地支配を終わらせるという目的がなければこんな大規模な戦争は行わなかったと断言できると思う。なぜならば... 続きをみる
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あなたのインコのようなキョロっとした目が とても可愛らしくて好きです。 それはもう忘れてしまった 赤ちゃんが初めて目を開いたときの 世界の驚きを見つめていた目なのです。
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もう遠い過去の事ですが 死んだ方々の冥福を祈ります。 悪いのは100%アメリカです。 日本はまったく悪くありません。 <悪くない方を悪く考えるから当然頭(感性と知性)が狂ってしまいます。 モリとカケの大盛の嘘と駄法螺の洗脳と同じです>
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昨日は始めたばかりのお茶の稽古の日だった。 お茶というのは、一言でいうと(禅の)一期一会の体得だと思った。 日本文化というのは凄いものだ。
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アメリカ、ロシア、中国の核兵器のはざまで アメリカの核兵器の傘の下で平和を守ってきたのが日本であるが 北朝鮮が核兵器を持ちさらにICBMを開発してしまった。 核兵器を持っているアメリカが大騒ぎしているのに、 北朝鮮の隣国の日本はどうしたのだろうか?狂っているのだろうか? 政治においては朝鮮人は損得... 続きをみる
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どんな国の人でもその国民には様々な人がいるのだから 中国人や朝鮮人と仲良くするのは良いことだと思うが 中国政府、北朝鮮政府、韓国政府は日本人の敵だと明確に認識すべきだろう。 これらの国は日本に対して敵対する意志を明確に示しているのだから 配慮はまったく無駄なことであり意味がない。 中国政府は日本の... 続きをみる
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一連のある美しい心と体と才能を持った私の理想の女性や他の詩らしきものについて
実在が観念であるということは 直観(世界)が美でありそれは五感そのものですから 対して精神は自我や欲望、感情や言葉のことで 我々の生活ではその二つが一体でありながら対立しており 精神は実在ではないのですから 初期のままの形では必要ないことを示唆するために 五つの感覚について書いております。 たとえ... 続きをみる
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性欲が消えて 触覚の美しさが残り あの人の音楽のなかで くちびるのリズムと 手のひらの動きのメロディーが 抱擁のハーモニーとなって 永遠の今が いつまでも続いていく。
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宇宙の中の恋愛の因果、それは恋から始まって結婚までの生活。 結婚したらそれは死ぬまで続く結婚生活の因果。 その中の色々な感想が論理。 その死ぬまでの生活の中で、何とか幸福に生きようと思い あれやこれやと考えて行動に移させるのが意思。 恋愛に限らないけどこの意思はほとんどの場合間違いだから そう思っ... 続きをみる
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人間の肉体である直接の直観の苦しみはさておいて 人間のあらゆる精神的な苦しみは因果と論理の矛盾から起きてくる。 因果とは直観つまり自分の体も含む世界のことであり、 論理とは人間の精神の知性の部分である。 <意思とは精神の動因が知性となって現れることである> 直観と精神の矛盾があらゆる精神的な苦しみ... 続きをみる
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暗い気持ち晴れず うずくまるところ 喜びさえ消えて わからないこころ わからないこころ 暗い雲流れて 消えた月の色 暗闇にてらされて 真っ黒なところ 閉ざされたココロ 暗い気持ち晴れず 手探りなところ 喜びさえ消えて ふて寝するところ ふて寝するところ
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恋した運命は歌でまぎらす。 その歌はあの人の姿や声や感触や匂いの美しさと さまざまな不安の歌詞でできていて 恋のリズムとメロディーとハーモニーにのって歌われる。
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あの人は色々美しすぎて 二人のくちづけは 欲望の始まりではなく ただくちびるの感触を味わうだけで 終わることがない。
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あの人は自然の芸術作品で そのさまざまな美しさは ほんとうのところは本人にもわからない。 それは存在から浮き上がっていて永遠なので 幽霊のようにこの世とは別のところに住んでいる。 こちらからは働きかけることができないので そっとしておくほかはない。
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わたしの手があなたの髪に触れてからひたいに触れますね。 そしてつぶったまぶたや二つの耳やほっぺに触れますね。 そして鼻へくちびるへと触れましてあごに触れますと これがわたしの手を使ったあなたの顔の触覚の映像です。
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わたしのいのちは今も 休むことなくうんこを蓄積しています。 まもなく十分に溜まると放出されて すべては水に流されます。
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わたしの味覚があなたの作ったご飯を散歩しています。 おいしいです。
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小さく囲まれた秘密の花園で あなたと二人で花の散歩です。 交じり合った花の匂いを鼻で嗅ぎ分けます。 一番いい匂いがあなたです。
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からだの中を散歩するよ。 からだの中だから目はいらないよ。 感じられるのは呼吸と体感だけだよ。 体感は無だよ。
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星の散歩は 荘子が胡蝶の夢を見たように 行います。
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学問には生態的研究と原因論的研究がある。 世界がどのようなものであるかを正確に記述していきこれを分析するのが生態的研究である。 これに対して、根拠をさかのぼっていくのが原因的でありこの根拠を、外的直観(物質)では原因と言い、内的直観では数学的原因(名前はまだない)、動物や人間の精神では動因という。... 続きをみる
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自分のことだけしか興味を持てなくなっている人間が 世界の平和とか、人類の愛とか、万人の平等と自由とか言っても そんなのみんな空の彼方の空想にしかすぎないだろう。 まず自分のこころの平和と愛と自由を振り返ってみなよ。 自分が家庭とか会社とか地域社会でそんな生活しているのかって。
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円成実性の体感 体感は無である。 体調はほとんど感じられない。薄い。(体調が良い)。 病気の痛みはあるが軽い。疲労が軽い。 遍計所執性の体感 普通の人間の体感である。体調は精神の状態で変わる。病気の痛みが強く精神の状態で変わる。個人差が大きい。 <体が健康であれば体調というのは体ではなく精神の... 続きをみる
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日本国憲法が日本国国民の生存権より大切ということはあり得ませんが 平和憲法をあくまでも守ろうとするならば 強い国軍とスパイ防止法が必ず必要でありましょう。 なぜならば 平和ボケをたからかに外国に宣言しているのですから そんな国はスパイが大量に暗躍しており 侵略されやすく戦争が起こりやすくなるからで... 続きをみる
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個人の権利ばかり主張しておいて、 世の中が平等で自由になる訳ないだろう。 阿保か。
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子供から大人になるのに必要なのは 経験と知識なのだが 経験を知識で分析し こういうときはこんな風にしましょう とかいう部分的なテクニックの寄せ集めで 総合的な人生がうまくいったら 奇跡のようなものだろう。 個人の経験や知識を自由に使う 知恵が足りない時代なのだろう。
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直観という存在と精神という存在の それぞれの現れは 直観は美とよばれており 精神は感情とよばれています。 精神の感情が消えると直観の美は冴えわたりますが 直観の美が深い満足を与えるのはそれが永遠だからです。
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というのが恋の成就からならば それは一時の勘違いなのだからやめた方がいいが 本当の幸福を手にしたならば 死んでもかまわないという気持ちになることもあるだろう。 人間が生きていたいと強く思うのは おそらく自分の人生が耐えがたいくらい悲惨だからだろう。
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言葉が常に意識されるのは それが人間にとって強烈なものだからだが 言葉の下には言葉にならない動物的な概念もあって 自分の意志と関係なく流れている。 それと一緒にあるのが、触覚の記憶と視覚の記憶、 聴覚の記憶と味覚、臭覚の記憶であり 概念と一緒に流れている。 これが意識の下層の精神である。 これらが... 続きをみる
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直観という存在と精神という存在の それぞれに時間があって 直観の時間は直観で 精神の時間は概念です。 精神の時間が消えるとその概念は冴えわたりますが そのときの直観の時間が永遠と呼ばれているのです。
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わたしはあなたの太陽。 そしてあなたはわたしの月や星のよう。 夜のあなたの表情は冷たくゆっくりとうつろいでいき、 短く流れて消えてゆく流れ星は、 わたしの指があなたのくちびるに触れる その瞬間のくすぐったさのようなもの。
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無と永遠は同一概念である。(なぜそうなるかは後に説明される)なぜならば世界は自分の体を含めて観念だからである。 これは宇宙そのもの(物自体)が物質というのは頭の中(精神)で動物的概念として考えられたものなのであり、実在としては内なる時間と空間と五感として感じられるものにすぎないからである。 世界は... 続きをみる
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性格の不一致は性器の一致で乗り越えることができるのだろうか? わたしは結婚したことがないのでそれがリアルには分からない。 ただ純朴でない現代人は自我が肥大し固くなっているので 離婚が多くなるのだろう。肉体はともかく精神にはもっと柔らかさが欲しい。
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これは男が好きなのはまんこ 女が好きなのはちんぽ ということではなく きのう見た夢の世界では 男の性器をまんこ 女の性器をちんぽ と呼んでいたというそれだけの話です。
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幸せは外からやってくるか? ほぼ無理だ。 社会を良くすれば幸せになれるというのは、 神様が天国を作ってくれるというのと同じだが、 神様が存在するかは明らかでないし、 人間は神様のように完全ではないのだから無理なのだ。 外からやってくる幸せというのは、 せいぜい単なる一時的な思いこみの満足か、 不幸... 続きをみる
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精神の進化は退化でもあった なぜならば知の進化は 世界をありのままに捉えることを 困難にしたからである 世界をありのままに捉えられなければ 生きている意味はないのだから
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国をより良くしていこうとする政治活動で、保守というのはその民族の文化を大切にしていこうとする傾向であり、革新というのは新しい価値観を取り入れていこうとする傾向である。 国をより良くしていこうとするのだから、国を大切にしようとする気持ちがどちらにも当然ある訳である。 <去年の流行語「日本死ね」って何... 続きをみる
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「はいこれが幸せのありのまま全部です。あなたにあげます」 と宇宙が言ったので受けとった。 その時から私は幸せになった。 でもこの宇宙というのは何よりもわたし自身の体だったのだ。
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ほんとうに望ましいのは世界が存在しないことと私が死んでいることです。 この世界と自分の生の色々なことがらはその次です。 有は無のきまぐれな社交の時間でまぼろしの楽しみと感動がそこにはあります。 悲しみや苦しみはそのまぼろしの代償でしかたがないことなのです。 自我... 続きをみる
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観念論の存在の三つの最高概念とは、存在するものでこれの上位はないと考えられる三つのものの概念で、主観、直観、精神である。 主観は存在する無であり、直観は宇宙や世界で、Xである物自体が五感と内的直観である時間と空間を通して認識されている。直接の直観が自分の体である。精神とは自我や言葉のことである。 ... 続きをみる
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祈りや念ずるというのは主観の宗教的知恵の発動であり緩い瞑想である。瞑想は行であり緩いというのは時間的に短いからである。 信仰というのはこれとは全く別物でというのは行ではないからだが、自分を救ってくれる存在者が存在することが証明されてはいないけれど信じてみるということである。<この存在者が無なる主観... 続きをみる
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存在の分析とは何か?存在とは直観である。直観とは外的直観の表象(世界)と内的直観の時間と空間である。分析は精神の知性の概念の真なる命題(真理)によって論じられる。<概念は表象の表象である> 主観がそれを見ている。 分析の部品が概念でその本質が命題の論理である。この本質が何なのかは明瞭ではないがおそ... 続きをみる
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まずこの世には訳の分からないものが一つだけ存在していて、それは認識できないのかも しれない。それはXである宇宙であって、物自体とも言える。私の体もそれである。ただそれは我々の五つの感覚器官での表象である、身識、眼識、耳識、舌識、鼻識とまったくかけ離れたものではない。例えばわたしの体は、わ... 続きをみる
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わたしはどうしようもない苦しみの中で生きている。 それでも正常を保っているが異常になってしまうとどうしようもない。 強烈な生きる本能を一瞬で遮断してしまう自殺への願望が意思となって渦巻始める。 それは精神の存在そのものが苦しみだからだ。 それは業と言っても煩悩と言っても原罪と言ってもよい。 その永... 続きをみる
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国を愛し、郷土を愛し、国土を愛して 家族を愛し、子供を愛し、人と和して 経験を積み、勉強して、文化を楽しみ よく働いて、金を儲け、旨いものを食べ、生活を楽しみ 体に気を付け、病気になったら病院へ 治らなかったら苦しんで、死んでしまえば、なむあみだぶつ。
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この命題は三段論法の 物自体は認識できない → 体は物である → ゆえに体自体は認識できない からきている。 物と体は存在しており、体は物の種概念、物は体の類概念である。 「物自体は認識できない」はカントの重要な命題でそれは、物は私の表象としてしか認識できないからである。 自分の体は物である。自分... 続きをみる
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空間が素粒子で埋め尽くされているのではないかということはほぼ確かなこととされており、その素粒子の特定が進んでいるがいよいよ時間の素粒子が発見された。 物質でない神や時間や空間がどのようなものなのかということはとても理解しにくいことで、今回時間の素粒子が発見されたことで空間と時間が実在することが証明... 続きをみる
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口づけのくちびるの肌触りは女性の美。 そのときおきてくる感情は自我を伴う欲望。 その感情の脳の中で起きている実在の現象の ニューロンの電子の動きと観念の種子の動揺は 感じることができるような気がするが、美の場合は分からない。
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宇宙連盟アンドロメダ銀河地区のお茶会で、「知的生命の初期段階である地球の文明において、一番優秀な文化はなにか」というその証明が話題になることがある。 その証明の判断になるのが、「知的生命の文化の三つの分類」である。その三つは重要な順に、第一に宗教、第二に芸術、第三に学問となる。 個人の精神を改善し... 続きをみる
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なぜ私はいつも何か考えているのか?これは事実なのだろうか?考えさせられているのではないだろうか?ということはさておいて、 主観は無であり、自分の、身体という直観や精神も客観である。なので思考も客観といえる。 この視点から坐禅というのは、自分の思考を無なる主観が眺めているという状態を続けることと言え... 続きをみる
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今、世界誕生のこの時に 世界から世界そのものの贈り物 もちろん、わたし自身を含めて
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目を閉じて、体を感じてみると 肩は肩こり、首は首のこり 頭は頭の、顔は顔の、目は目の 体全体が体のこりだった。 それは筋肉のこりではなく 自我とつながった感覚のこりだった。 自我がなくなると、体が消えた。
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「この地区」でと話になると、「あの大きな月を持ったあの平和な星が」と続く。 「あの巨大なアンドロメダ銀河。あの隣の銀河のあの平和な星ではあれが精神の完成を表しているそうだ」 知的種族の宿命であるエゴはその種族を滅ぼしてしまうのが普通だ。 だから生き残っている種族は皆平和な種族ばかりなのだ。 生き残... 続きをみる
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未来から流れてくる時間にのって 与えられてくる私の愛の言葉よ。 世界はこんなに素晴らしいよと あの人に伝えてほしい。 <時間は過去から未来に流れているのだろうか。未来から過去に流れているのだろうか。それとも私の愛のようにただ漂っているだけなのだろうか>
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これを客観的にすれば、なぜ人間はいつも何か考えているのか?になる。 これはいつもわたしの疑問だった。子供の時からの趣味だった天体観測のとき、思考が本当に邪魔だった。その後これが坐禅のときの主要な問題と気づいた。 これはかの近代西洋哲学の創始者であるデカルトの出発点だった。彼と彼の後継者はこれを深め... 続きをみる
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国民の生命権を実質的に守っているのが国である。 であるから法治国家としては憲法を歪めて解釈し国民の生命権を守ることは政治的にはまったく正しい。 これは論理的には生命権は憲法の上に君臨するからであるが、それよりも意志的、因果的に正しいのである。これは論理や意味が因果を規定することはできないが、因果は... 続きをみる
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日本国憲法の特徴として、基本的人権の明確化と平和主義がある。 この平和主義では、軍隊を持つことも自衛の戦争も禁止しているとするのが正しい。 基本的人権の根拠となるのは、憲法の上に君臨する自然法である生命権である。 ところで外国が侵略してきたとき、この憲法以上の生命権はどうなるのだろうか? 自然法の... 続きをみる
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主観は存在の三つの族概念の一つであり最も重要である。族概念とは存在するものの最上位概念のことで、主観、直観、精神である。主観は存在する無である。 観念論の哲学と科学では実在が観念なので存在しない存在者の概念がない。 主観はキリスト教の、神、聖霊、キリストが内なる神である場合のみ同一概念である。主、... 続きをみる
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観念論の学問が完成をし始めれば(これはさほど多様なものではない)、哲学(論理学と形而上学)は観念論であったのだということになり、 観念論の科学は宗教哲学であり主観心理学であること、実在論の哲学は学問とは呼ばれず雑学となり、観念論の科学は当面実在論の科学の科学哲学と呼ばれるだろう。 観念論の科学の原... 続きをみる